決別しよう、と決めた
今まで私は元夫に頼りすぎていた。
遊びたい時、少し困ったとき、子供の対応に困ったとき。
愚痴混じりだったり非難だったりなんやかんやの連絡を取ったり、ヘルプを求めていたりした。
先日本格的にぶっ壊れた。
子供のワガママにもうこれ以上付き合えない、もう私は一体何のために生きているのか分からない。
そう思い詰め、よる夜中に呼び出した。
子供をなだめてもらい話をして朝に子供を学校へ送り出しまた話をした。
子供に対する扱いや理解、違和感。
そうしてまたこじれて困惑していく自分の感情。
ああ、また戻るのだろうか。そうも思った。
けれど、教育機関や友人、弁護士などと話を重ねるうちに、子供と面会させることのデメリットが浮き彫りになってきたのだ。
そもそも、理解があるのであれば離婚などしなかったのだ。
- 作者: イザベルナザル=アガ,Isabelle Nazare‐Aga,田口雪子
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2001/12
- メディア: 単行本
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元々私は生活のためにしたくもない結婚をした。
愛だの恋だのはそこになく、ただ生活を共にするためだけに日々を過ごし、その関係は破綻した。
というよりも、もとより破綻した関係だったのだと思う。
よる夜中呼び出したあと。
そこから慣れ慣れしく生活に介入してこようとする態度は、一歩も変わることがなくて私は離婚時の嫌な気持ちをまざまざと思い出される。
ああ、この関係を続けても利用されて嫌な気持ちになるだけだなと改めて思い、子供のためにも自分のためにも決別しよう、と決めることができた。
養育費というもので繋がったりしているようなことも許しがたい、自分の中の怒りを見つけることができた。
そして怒りをぶつける未練はただ利用され自分だけでなく元夫の理解のなさが子供を苦しめることになるのだ、と気がついた。
色々な関係の形はあると思うけど、何かの形で繋がっているだけでマイナスになる関係はきちんと精算していかないといけないんだと。
これから本当に私自身との闘いになるんだ。